福岡県 ぶぜんのお米 こが農園 ── 古賀博行さん
福岡県。豊前の土地に、182aの田んぼを一人で守り続けている農家がいる。
こが農園・古賀博行さん、70歳。
画面越しに穏やかな笑みを浮かべる古賀さんは、60歳で小学校の教員を退職するまでの37年間、教壇に立ちながら米を作ってきた。退職後も2年間の再任用、4年間の非常勤講師として教育現場に立ち、66歳でようやく専業農家になった。
「小さい頃から兼業農家だったので、親について行って、田植えをしたり、稲刈りをしたり」
教員生活の傍ら、田んぼに立つ。朝、子どもたちの笑顔に会い、帰ってきてから田んぼの土に触れる。そんな日々を39年間続けた。
発芽玄米のために、無農薬を始めた

古賀さんが本格的に無農薬栽培に切り替えたのは、退職がきっかけだった。
「やっぱり、安心安全で、自分たち家族が食べるお米を、無農薬でしたいなっていうのがあって」
それまでは、農協の指導に従い、農薬を使い、田植えと同時に肥料を落としていく。当時の一般的な農法だ。
きっかけは、何十年も前に読んだ、発芽玄米を特集した一冊の単行本だった。「これはいい」と思った。
家族に発芽玄米を食べさせたい——。
ただ、子どもたちが「給食の白ご飯がいい」と言うので、大きくなるまでは精白米で通した。それでも、「農薬を使ったお米を玄米で食べるのは良くない」という思いがずっと心に残り続けた。
退職をきっかけに、10年前から完全無農薬・除草剤・化学肥料不使用の特別栽培へと舵を切った。今ちょうど10年目になる。
「農業は退職が、ないようなものなので」
そう言って古賀さんは笑う。
岩澤信夫から受け継いだ「冬期湛水」

古賀さんの米づくりは、ふたりの「先生」から学んだ技術の上に立っている。
ひとりは、亡くなった岩澤信夫さん。冬期湛水不耕起栽培の提唱者だ。
「冬場、水を入れて、カモが来たり、水鳥が来たりしてね、自然に戻すっていう感じで取り組んできたんですよ」
ただ、冬に田んぼに水を張り続けると、周囲の田んぼに迷惑がかかる。特に下の田んぼの人が嫌がる。
今年から11枚に増えた田んぼのうち、冬期湛水を実施しているのは7枚。クレームが来ない田んぼだけ、古賀さんは静かに水を張り続ける。
『現代農業』で出会った「光合成細菌」

もうひとりの「先生」は、月刊誌『現代農業』だった。
「『現代農業』の中に、光合成細菌の特集があって」
古賀さんはその記事をきっかけに、光合成細菌について徹底的に調べ始めた。本を買い、インターネットで情報を集め、たどり着いたのは「自家培養」という答えだった。
「20Lのウォータータンクにワーっとね、10個とか20個とかに分けて、餌になるそういうものを入れて、あと残りは水で」
最初は、衣装ケースで培養を始めた。数年続けてみたが、もっと量を増やしたい。
次に試したのが、フェンスと防水シートで作った特製プールだ。だが、夏に蚊が発生する。近所迷惑だと感じてやめた。
そして、たどり着いたのが20Lのウォータータンク。何年も試行錯誤を重ねて、これが最良だと気づいた。
「臭いも出ないし、密閉するのでね」
今も古賀さんは、20Lのウォータータンクを20個ほど並べて、自ら光合成細菌を培養している。田植え後1〜2週間で投入し、一度乾かしたあとの中干し後に、もう一度。
「光合成細菌がどんなに素晴らしいか、私も色々本を買って読んだり、ネットで調べたりして」
水田に流し込まれた赤い液体は、水質を浄化し、空気中の窒素を稲に届ける。肥料を買わずに、肥料と同じ働きをしてくれる。
「自分で培養するっていうのは、ちょっと手間暇かかりますけど、化学肥料とか買いよったらすぐに何十万ってなりますもんね」
反収7俵半、やっと黒字になった

光合成細菌と冬期湛水のW方式で、古賀さんの田んぼは反収7俵半を記録するようになった。一部の田んぼでは水が足りずに6俵半のこともあるが、無農薬でこの数字は十分な成果だ。
「どうにか経費、あの、黒字になりましたのでね」
ただ、そこに至るまでは長かった。
「今までは、赤字か、黒字スレスレで、何をやってるかわからないというね、そういう土地を荒らさないようにしてるだけみたいな。草を作るより、米を作った方がいいみたいな」
米価が上がった今年、ようやく軽トラックの買い替えを検討できる余裕が生まれた。
「自称・発芽玄米普及大使」

古賀さんは、自らを「発芽玄米普及大使」と名乗る。
「もう、なんの手当ても、ないですけど」
笑いながらそう言うが、その目は本気だ。
お米を水に浸けて、1日か2日。泡が出始めたら、発芽のスイッチが入った証拠。そのままの状態で、圧力のかかる電子ジャーの玄米モードで、1時間かけてゆっくり炊き上げる。
発芽させると、玄米毒と呼ばれるアブシジン酸という成分が姿を隠し、無害になる。
よく噛めば噛むほど、顎から脳に刺激がいく。唾液が出る。お通じが良くなる。
「家族のものも、そう言います。義理の母も、発芽玄米食べたら通じがようなる気するね、って」
白米の販売は、昨年から完全にやめた。精米してから1〜2週間で味が落ちるからだ。
「せっかくなので、発芽玄米の良さを普及させたい」
37年間教壇に立ってきた元教員の「伝える」という本能が、ここでも静かに燃えている。
荒れた中学校が、変わった日——GABAという理由

そして、古賀さんが発芽玄米にこだわるもうひとつの理由がある。
GABA——脳や脊髄で精神を安定させる、抑制性の神経伝達物質だ。
「車のブレーキのような働きをしてくれるんですね。交感神経を抑制して、興奮した神経を落ち着かせたり、ストレスを緩和したり、睡眠の質を整えたり」
このGABAが、発芽玄米には玄米の3倍、白米の10倍も含まれるという。
「岩澤先生の本にも書いてあったんですよ。荒れた中学校の給食で、自分たちで発芽させて作った発芽玄米ご飯を食べていくうちに、学校全体の生徒が落ち着いてきて、荒れなくなったって」
37年間、教壇に立ってきた元教員の言葉に、重みが宿る。
「何を食べるかが、本当に重要だと気付かされます」
4つのサイトと、数百人のフォロワー

古賀さんのお米には、手書きの手紙が1枚ずつ同封されている。息子さんが描いたペンギンとクマのキャラクター入りだ。
「台所に貼ってます、家族に見てもらいたいからとか。中には綴じてる方もいてね、捨ててませんよっていうことを」
口コミだけで広がった数百人のフォロワー。有料広告の話が何度も来たが、全部断ってきた。
「レビュー書いてくださって、良いレビューが多くて。あの、やっぱそれを見たお客さんがまた買ってくれて」
古賀さんのお米は、誰かの感動によって、次の人へと渡っていく。
米づくりと、もうひとつの伝道

182aの小さな田んぼ。一人での作業。年金と米の売上で回る、つつましい暮らし。
インタビューの終わり際、古賀さんは自らのこれからについて、静かにこう語った。
「お客さんが喜んでくれるような、美味しいお米を、これからもずっと、あの、働ける間、作っていきたいなっていう。まあ、それが、まあ、私にとって、生きがいというかね」
家族のために始めた無農薬。岩澤信夫から受け継いだ冬期湛水。『現代農業』で出会った光合成細菌。そして、100人を超える「お得意さま」への手書きの手紙。
70年を超える人生で積み上げてきた、すべてのもの。
それが今、福岡県豊前の182aの田んぼで、一粒一粒のお米に結実している。
■ 農家プロフィール
🏡 ぶぜんのお米 こが農園
👤 古賀博行 ── 1955年生まれ、70歳。37年間小学校教員を務めた後、60歳で退職。2年間の再任用、4年間の非常勤講師を経て、66歳で専業農家へ。
📍 福岡県
🌾 夢つくし・元気つくし
✨ 完全無農薬・除草剤・化学肥料不使用の特別栽培/冬期湛水(岩澤信夫方式)/光合成細菌の自家培養(W方式)/182a・11枚の田んぼを一人で管理
📖 月刊『現代農業』で光合成細菌と出会い、20Lウォータータンクで自家培養を実現。反収7俵半を達成。
💌 商品には息子さんのイラスト入り手書き手紙を同封。有料広告は一切使わず、口コミだけで数百人のフォロワーを獲得。
🙏 自称「発芽玄米普及大使」として、家族と「お得意さま」のために安心安全なお米を届け続けている。
🔗 https://www.buzen-koganouen.site/
