長野県飯山市 やよい農園 ── 滝沢篤史さん
2011年3月11日。東日本大震災。翌12日未明、震度6強の地震が長野県栄村を襲った。飯山市に隣接する、すぐそこの場所だった。
遠くの大きな地震と、近くの大きな地震。24時間も経たない間に、二度の揺れを経験した男がいる。
滝沢篤史さん。やよい農園の名前は、妻の名前からつけた。
スーパーに、何も並んでいなかった

震災の後、滝沢さんの人生観が変わった。
「スーパーに何も並んでなかった。お金があっても買えないという経験をしたことで、衝撃的でしたし」
棚が空っぽになったスーパーマーケット。お金があっても、食べ物が手に入らない。その光景が、滝沢さんの中で何かを決定的に変えた。
ただ、滝沢さんの家には幸い、お米や芋など保存の効く食べ物があった。すぐに困ることはなかった。
「自分で自分の食べ物を作るということから安心感は得られるんだなっていう経験を通して、そちら側にシフトした」
半農半X。自分の食べ物は、自分で作る。その決断は、震災の年に生まれた。
妻が種を買いすぎた日

同じ2011年、滝沢さんは結婚した。震災があったからどうしようかという話もあったが、予定通り結婚しましょうと決めた。
新しい生活が始まった頃、妻が食べたいものの種をいっぱい買ってきた。いっぱい、というより、買いすぎた。
「種にも僕は命があるんだよと。だからこの余った種はどうすんのって。この小さい畑であれもこれもって買ったかもしれないけども、全部使い切ることができないからって話したら、そこでちょっと不機嫌になっちゃって」
不機嫌になった妻。余った種。小さな畑。
それが、やよい農園の始まりだった。
妻の名前を冠した農園。最初は趣味のような、家庭菜園のような、種まきから始まった。
草に負け続けた日々

滝沢さんは最初から無農薬・無肥料栽培に挑んだ。
結果は、惨敗だった。
「ずっと草に負け続けてなかなか収量上げられなかった」
体力があったからできた。子どもが小さかったから専念できた。でも、穂にお米がほとんどついていない収穫を何年も繰り返した。悔しさが、常にあった。
販路もなかった。作ったものの出口を作らないまま始めてしまった。経営は本当にガタガタで、妻にだいぶ迷惑をかけた。
「妻の支援がなかったら続けてられてなかったなとは思いますね」
種を買いすぎた妻が始めた農園を、妻の支えがなければ続けられなかった。やよい農園は、最初から最後まで、二人の物語だ。
あひるが、田んぼを変えた

転機は5年ほど前。あひる合鴨農法に切り替えた。
あひると合鴨を田んぼに放す。彼らが泳ぎ回ることで雑草を食べ、糞が肥料になる。除草剤も要らない。
量と質が、ようやく揃った。
田んぼの周りには、他にはない環境が生まれた。野生の鴨が飛来してくる。蛍が出る。いろんな虫や植物が集まってくる。
「とにかく豊かですね」
滝沢さんはそう言って、少し誇らしそうに笑った。
薬のようなお米を作りたい

やよい農園のお米には、もう一つの特徴がある。弱アルカリ性だ。
就農した年、知人に誘われて福井県を訪れた。そこでピロール農法という農法に出会った。土の中にいるシアノバクテリアという微生物を活性化させ、作物の栄養価を高める技術だ。
衝撃だったのは、弱アルカリ性のお米を食べてアトピーが良くなったという事例を知った時だった。
「自分のお米が人様の健康を支えていくというか、薬のような食べ物を作ることができるんだっていう衝撃があって」
以来、滝沢さんは毎年お米のpH値とカルシウム値を検査に出している。弱アルカリ性であることを数字で確認し、栄養価のデータをお客さんに提示して販売する。
「普通の農家さんは何キロで何円っていうぐらいの数字だと思うんですが、私は食味値を出したりとか、弱アルカリ性のpHの値、微量要素のカルシウムの値、出しています」
美味しいだけじゃない。安心して食べられるだけでもない。数字で証明できる、薬のようなお米。それがやよい農園のスタイルだ。
「やよい農園のお米だから食べられる」

農業をやっていて一番嬉しいことは何か。滝沢さんは迷わず「お客様の声」と答えた。
「やよい農園のお米だから食べることができてますってお客さんがくれたりとかして。他のお米食べるとちょっと体の調子悪くなるんだとか、お腹がゆるいっていう人がいるんですよ」
お米アレルギーのような症状を持つ人が、やよい農園のお米だけは食べられる。そういう声が、1人ではなく何名かから届いた。
「やってて良かったなと思いましたし、誇らしく思いましたよね」
震災の日、スーパーの棚は空っぽだった。あの日から始めた米づくりが、今、誰かの体を支えている。
蛍が飛ぶ田んぼを、見に来てほしい

やよい農園の主力はササシグレ。全体の8割を占める。残りはコシヒカリともち米。田んぼは今年1.8ヘクタールになった。畑は50アール。さつま芋、じゃがいも、大豆、黒ごま、ボタンコショウ。そして大豆から醤油を作る。
全てインターネットでの直販。食べチョクやポケマルで出会ったお客さんを、1年続いたらBASEに切り替えませんかと誘導する。手数料の安い方へ、少しずつ。
今年から、経営の視点で一部を慣行栽培に切り替える決断もした。近くの力のある農家に買い取ってもらう分を作り、キャッシュフローを安定させる。葛藤はあった。でも、続けるために必要な判断だった。
拡大志向はない。自給率を維持することがベースで、余った分をお客さんに届ける。それがやよい農園のスタンスだ。
「自分の今やってる農業を見に来てもらいたい、体感してもらいたい。このおかげで蛍がこんなに飛んでるのねとか、感じてもらいたいですね」
中山間地で農業を続けることは、簡単ではない。集落の人たちは高齢化している。いつまで続くか分からない。それでも滝沢さんは踏ん張る。
「私のファンになってもらいたいし、飯山市というところのファンになってもらいたい。ゆくゆくは共感して、じゃあ飯山に住もうかって人が増えてくれれば」
震災の日から15年。種を買いすぎた妻と始めた農園は、蛍が飛ぶ田んぼになった。
■ 農家プロフィール
🏡 やよい農園
👤 滝沢篤史 ── 2011年、震災を機に半農半Xで就農。妻の名前から「やよい農園」と名付ける
📍 長野県飯山市(北信濃・関田山脈の麓)
🌾 ササシグレ(8割)・コシヒカリ・もち米。田んぼ1.8ヘクタール+畑50アール
🦆 あひる合鴨農法による無農薬栽培。弱アルカリ性・高栄養価の米づくり
🍠 さつま芋・じゃがいも(絶滅種ベニマル)・大豆・黒ごま・ボタンコショウ・醤油
🔬 毎年pH値・カルシウム値を検査し、数字でお客さんに提示して販売
🔗 https://yayoinouen.jimdofree.com/
