秋田県仙北郡美郷町 小場農園 ── 小場裕之さん
秋田県仙北郡美郷町。奥羽山脈のふもとに広がる米どころで、ちょっと変わった米農家がいる。
小場農園・小場裕之さん(おば ひろゆき)。代々続く米農家の7代目だ。
けれど、田んぼに入る前、小場さんの肩書きは「一級時計修理技能士」だった。精密機器メーカーで16年勤めあげ、ベアリング製造の特許まで取得した技術者。その彼が、2002年、家業の田んぼに戻ってきた。
そしていま、小場農園が掲げるのは──
「有機栽培米は高すぎる。ネオニコチノイド系殺虫剤は遠慮したい。という方にお選びいただければと思います」
極端でもなく、流行りでもない。科学を否定せず、納得した上で使い分ける──技術者出身の米農家が選んだ、ちょうど”中間”の道。
時計技能士から、7代目の田んぼへ

小場さんが田んぼに戻ったのは、2002年のこと。
それまでの16年間、彼が立っていたのは田んぼではなく、精密機器の工場だった。
1986年、農業高校を卒業後に精密機器メーカーに入社。1996年に一級時計修理技能士の資格を取得し、1997年からはミニチュアベアリング製造の新規事業立ち上げに携わる。1999年にはベアリング製造の特許を取得(特開平11-218140)。2000年からは携帯電話液晶モジュール製造の新規事業も担った。
順調に見えた技術者キャリア。しかし、転機がやってくる。
「会社勤めも飽きたんで、あと親父もちょっとボケ始めたんで、継ごうかなっていう感じで、2002年からですね」
飄々としているが、選択は重い。16年の技術者人生を畳み、代々の米農家を継ぐ。35歳の決断だった。
就農当初は冬場、近くで出稼ぎのようにアルバイトをしながら米作りをしていたという。今もその慎重な姿勢は変わらない。
6ヘクタールを、あえて広げない

小場農園の田んぼは、現在約6ヘクタール。サキホコレ3ヘクタール、あきたこまち3ヘクタールの半々で作付けしている。
就農当初は5ヘクタールだったものが、隣の家から「やってくれないか」と頼まれて1ヘクタールだけ引き受けた。それが現在の6ヘクタールだ。
規模を追う農家が多い中、小場さんは明確に違う道を選んでいる。
「他は面積を広げようとしてるじゃないですか。その路線からは外れて、私は今の面積のままで、できれば質を上げていくようなやり方をしたいなと」
理由を聞くと、自嘲気味に、でもどこか誇らしげに答えてくれた。
「元々ひねくれもんだったんで、じゃあ面積を広げないでなんとか生きていく方法ないかなと思って、質を上げて生き延びようかと」
規模を追えば機械も人も増やさなければいけない。結局、利益はそこまで変わらない。一人で無理なく回せる範囲にとどめて、その中で質を磨く。
運営体制は本人が中心。農繁期にはパートで働いている配偶者が休みを取って手伝い、近くに住む娘も加わる日がある。家族で回す、地に足のついた家族経営だ。
我が子のために、ネオニコフリーへ

小場農園の米作りを決定づけた想いの始まりは、2003年。2番目の娘が生まれた時に遡る。
「自分も安全なものを食べたいし、子供にも当然安全なものを食べさせたい。私がそう思ってるってことは、世の中にもそういう親は絶対いるはずだと思って」
我が子に安全なお米を食べさせたい。その想いをきっかけに、小場さんは有機栽培や農薬について、独学で勉強を始める。
そして5年後の2008年、一冊の本に出会う。
「船瀬俊介さんの『悪魔の新・農薬「ネオニコチノイド」』という本を見て、殺虫剤はよくないよ、新しくなった殺虫剤が体に良くないからやめた方いいんじゃない?ヨーロッパはもう使ってないよっていう話を知って、それでネオニコフリーの特別栽培を始めたんです」
翌2009年、色彩選別機を導入。全圃場で殺虫剤を使わない、ネオニコフリー特別栽培への移行が完成する。殺虫剤を使わない分、細かい選別で品質を担保する。
娘さんが生まれた2003年から、6年がかりの取り組みだった。
その努力は、年月をかけて実った。2017年、あきたこまち「極」コンテスト優良賞を受賞。
技術者の目で、農業を見つめ直した結果だった。
“有機は高すぎる、農薬は遠慮したい”という中間

実は、小場さんは一度、有機栽培に挑戦している。
「有機栽培はお米が高くなりすぎるので、これ売れんのかなと思ってやめたんですよ」
手間もかかる。草との戦いで、疲弊する。
「だから、有機栽培とか自然栽培はちょっと諦めて、中間を目指そうと」
そこから導き出された答えが、「ネオニコフリーの特別栽培」だった。
農薬のうち、一般的な特別栽培は「年10回まで使える農薬を、どう振り分けるか」を考える。小場さんの考え方は違う。
「私は、極力使わない方がいいんじゃない?特別栽培だとしても。他の人とは多分、考え方が違うんですね」
小場農園が使うのは、種子消毒1成分+一発除草剤3成分=合計4成分のみ。殺虫剤は一切使わない。
そして、その選択には技術者ならではの姿勢がある。
「科学を否定してるのが、有機栽培だとすると、私は科学を否定しなくて、科学を自分で納得した上で使い分けて栽培してるって感じだと思いますね。全部の悪物じゃないと思うんでね」
盲目的に拒否するのではなく、理解した上で選ぶ。時計技能士の目が、田んぼの上に生きている。
昭和59年の乾燥機を、40年使う

小場農園の機械倉庫には、昭和59年(1984年)に購入した乾燥機が、つい昨年まで現役で稼働していた。
実に40年。
「機械を修理して長く使う」──時計技能士の職人気質が、この農園のいたるところに息づいている。
経費を抑えること。無理をしないこと。必要以上に規模を追わないこと。面積は広げずに質を高める路線と、経費を抑える職人哲学は、一つの線でつながっている。
そんな小場さんに、農業で大変だったエピソードを尋ねた。
「大変なこと、そんなないんですけどね。無理しないんですよ、私。ダメだったらダメだし、天気悪かったらやんないし」
その飄々とした姿勢こそが、40年も機械を使える人の底力に見えた。
欲しい人と、ひっそり繋がる

販売の話に戻ろう。
小場農園の販路は、現状「米集荷業者」が約9割、ネット直販が約1割。ネット直販では自社サイト(BASE)と産直ECサイトを使っている。
おろし業者は、農協に近い位置づけ。違うのは「美味しいお米だと高く買い取ってくれる」点だ。お父さんの代から続く取引先で、現玄米のまま出荷している。
一方で、ネット直販のお客さんは明らかに”別人”だと、小場さんは言う。
「私のところから買う人、すっげえ頭のいい人たちばっかり。調べて『これはどうですか?あれはどうですか?』って、質問の内容が、ここら辺の農家が知らないようなことばっかりなんですよね」
ネオニコフリー、特別栽培──その価値を理解してくれる人が、日本中にいる。声高に広めるのではなく、静かに見つけ、静かに買ってくれる人たち。
「欲しい人もひっそり買ってもらえるのが1番いい。大きく広めることなく、欲しい人同士だけが繋がってればね」
派手にやらない。対立もしない。同じ価値観の人と、静かに繋がる販売──これもまた、ひねくれもんの技術者らしい選択だ。
そして、直販のお客さんと向き合うことが、小場さんの大きな喜びになっている。
「今まで、おろし業者さんに出しても、悪くて文句言われることはあっても、喜ばれることって滅多にないですよ。買い叩かれる側なんで」
直販では、感謝の言葉が届く。「美味しかった」という一言が返ってくる。作る喜びが、ここにある。
いつか、全量を直販で

将来の目標を聞いた。
「できれば全量を直販にしたいですよね。そうなったら最高だなと思いますね」
おろし業者との関係も大事にしながら、少しずつ、じわじわと直販を増やしていく。「一気に変える」ではなく、「徐々に」。このペース感が、小場農園らしい。
最後に、消費者へのメッセージを聞いた。
「うちらとしては、農家を信用して買っていただいてるのがすごくありがたいので、ありがとうございますしか言えないですね」
そして、まだ小場農園を知らない人へ。
「1度、試しに直接のお米を買ってもらって、スーパーとの違いを味わってもらいたいなと思いますね」
時計技能士から7代目米農家へ。派手に語らず、大々的にアピールもせず。科学を理解して、納得した上で、自分のやり方を選ぶ。
秋田・美郷町の小さな田んぼに、職人気質のひねくれもんが、今年もまた静かに立っている。
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■ 農家プロフィール

🏡 小場農園
👤 小場裕之 ── 7代目。農業高校卒業後、精密機器メーカーで16年間勤務。1996年に一級時計修理技能士を取得し、1999年にはベアリング製造特許(特開平11-218140)を取得した技術者。2002年に家業の米農家を継ぐ。2008年に船瀬俊介『悪魔の新・農薬「ネオニコチノイド」』を読みネオニコフリー栽培を決意。2017年あきたこまち「極」コンテスト優良賞受賞。
📍 秋田県仙北郡美郷町
🌾 サキホコレ・あきたこまち(2品種・各3ha)
✨ 約6ヘクタール/ネオニコフリーの特別栽培(種子消毒1成分+一発除草剤3成分の計4成分のみ)/殺虫剤不使用/色彩選別機(2009導入)/家族経営(本人+配偶者+娘)/米おろし業者9割+ネット直販1割/昭和59年(1984)購入の乾燥機を昨年まで40年稼働
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