MENU
  • インタビュー
  • 農家の日常
  • お米の知識
  • サービス
  • インタビュー申込(無料)
コメボウ JOURNAL
  • インタビュー
  • 農家の日常
  • お米の知識
  • サービス
  • インタビュー申込(無料)
  1. ホーム
  2. インタビュー
  3. あの昼寝が、人生を変えた。福岡・農業福島園が18年間、農薬を使わない理由

あの昼寝が、人生を変えた。福岡・農業福島園が18年間、農薬を使わない理由

2026 4/27
インタビュー
自然栽培 無農薬 無肥料 福岡県 宗像市 正信 福岡1号 古代米 山田錦 25ヘクタール 年間購入 18年目

福岡県宗像市 株式会社農業福島園 ── 福島光志さん


福岡県宗像市。玄界灘からの風が田んぼの上を吹き抜ける土地で、25ヘクタールの田んぼを耕す男がいる。

株式会社農業福島園・福島光志さん、18年目。育てる品種は10品種程度。ヒノヒカリをはじめ、福島さんが「正信(まさのぶ)」と呼ぶ福岡1号、赤米・黒米・緑米の古代米、そして日本酒用の山田錦まで。

そのすべてが、農薬も肥料も使わない自然栽培で作られている。

種をまく培土まで、自分の手で作る。外から持ち込むものは何もない。


じいさんの昼寝が、羨ましかった

農業福島園

福島さんが農業を継いだのは、2008年。大学を卒業してすぐのことだった。

「祖父は母方の祖父なんですよ。なので父は建築をやってまして、自分の中ではこう新規就農組のような意識でいるんですよね」

祖父母の田んぼを継ぐ形で就農した福島さん。だが、きっかけは意外と単純な場所にあった。

小学生の頃、夏休みに母方の実家へ遊びに行くと、祖父がいつも昼寝をしていた。2時間も、3時間も。

「あの、それでいいんだって思って、じゃあ継ぐよって言ったっていうのがスタートで」

昼寝するじいさんが、羨ましかった。それだけの理由で農業を選んだ。

正確には、それだけではない。福島さんの中にあったのは、「農的な暮らしがしたい」という漠然とした憧れだった。自分で時間を使える仕事。季節とともに生きる日々。都会の効率では測れない何か。

「自分で自由に時間を使える、それがこの仕事を選んだ理由なんで、それができてるところはいいなと自分でも思う」

もっとも、今の福島さんは少しだけ苦笑いする。

「今その従業員が5人もいて、誰1人として朝早く起きて夕方早く帰ってこないんですよ。自分の場合なんかもう5時から8時までですよ、動けたら。みんな8時5時でしっかり働いてて、すごいなと思うんですよね」

自由に時間を使いたかった男が、誰よりも早く田んぼに立っている。


2年目、じいさんに喧嘩して農薬を捨てた

農業福島園

福島さんが大学生だったのは、熊本だった。そこで出会った農家たちが、福島さんの進路を決めた。

「熊本の農家さんの話を聞いてると、他の農家さんよりもやっぱり楽しそうなんですよね。”これやったらこうなった”っていうのを皆さん楽しそうに話される」

自然栽培をしている農家が、異様に楽しそうに見えた。逆に慣行栽培の農家は、財布の話になるとため息が出るような顔になる。もちろん例外はある。でも福島さんには、自然栽培の人たちの方が生き生きして見えた。

「そういう農業の形があるならその方が絶対いいよなと思う」

だから福島さんは決めていた。継ぐなら、自然栽培でやると。

ところが就農1年目。祖父はまだ元気で、田んぼのことは祖父の流儀だった。全部、農薬と肥料が用意されていた。

「1年目は全部農薬・肥料を用意してあって、じいちゃんも元気だったので、少し言うことを聞いて撒いたっていうところはありました」

農園のホームページにも書かれている、祖父との”ちょっとした”衝突。そして翌年、福島さんは自分の流儀を通した。

2年目から無農薬に転換。当時は米糠ぼかしを肥料として使っていたが、5年目頃から無肥料栽培に切り替えた。

以降18年間、一度も農薬を撒いていない。


「農薬使ったから悪いとは思ってない」

農業福島園

面白いのは、福島さん自身が”農薬反対派”ではないことだ。

「実は自分、農薬を使ったから残留してるとはほとんど思ってないんですよ。農薬を使ったから作物が元気じゃなくなるとも思ってない」

微生物の種類が変わる。土の「元気」という視点で見れば違いはある。でも、それが人体にどうこう、という話ではない、と福島さんは考えている。

「農薬肥料による弊害があるのは確かだし、それを否定することではないんですけど、ただ僕はそれを使わなくても農業ができるんだったら、それで生きていきたいなって思っただけなんですよ」

否定ではなく、選択。戦いではなく、暮らし方。

この言葉選びに、福島さんという人の姿勢が表れている。


最初から「自分で売る」と決めていた

農業福島園

福島さんの農園には、もう一つ特徴がある。

就農1年目の収穫から、全量を自分で販売している。

農協を通さない。米問屋にまとめて卸すこともしない。1年目の最初の1粒から、福島さんは自分の顔と名前で米を売ると決めていた。

「もう最初から全部直販をするって決めてやってましたので」

福島さんの父は北九州で戸建て住宅を個人の方から受注して建てる工務店をしていた。個人の方に直接家を売るという仕事を間近で見て育ったためか、「自分で売る」という感覚は幼少期から備わっていたようだ。

18年経った今、福島さんの米の販路はこうなっている。

  • 自然食品店への卸売:2割弱
  • 自社ウェブサイト経由の直販:8割

顧客は約450人。ほとんどがリピーターだ。妻のInstagramや、福島さん自身が手書きで書いていたダイレクトメールから、静かに広がってきた。

「うち”年間購入”っていう仕組みで1年間分のお米を確保しますよっていうので販売をしてるんですよね。なので固定客がいるので、あんまり集客ということに困ってないっていうのがありがたい話」

作付面積を広げるたびに、黙ってお客さんが増えてきた。そういう農園だ。


一番大変なのは、種まきの前夜

農業福島園

農業で一番大変なことは何か、と聞いた。福島さんは少し笑った。

「いや、ありすぎて、ありすぎて何を話しましょうかね」

毎年、1年に一度しかない勝負。

「種まきが近づくとノイローゼみたいになるっていう精神状態になる」

社員が急に独立したいと言ってくることもある。コンバインが壊れることもある。ある年は、苗の6割がダメになったこともあった。

それでも、福島さんはもう慣れたのか、こう付け加える。

「なんだかんだで、どうにかなるって感じですかね」

18年分の”なんとかなった”の積み重ねが、その一言に詰まっている。


夢の終点は、ソフトクリーム

これからの目標を聞いたとき、福島さんの答えは想像を超えていた。

まず、米の面積を増やしたいわけではない、と言う。スタッフを雇って規模を広げているのは、「米を事業の柱として成り立たせる」ためだ。

最初の6年間は、野菜も作っていた。でも米のシーズンに入ると、春に植えた野菜が全部ダメになっていく。それを繰り返して、野菜の種を撒くのをやめた。米で柱を立てる。人を雇う。事業が周る仕組みを作る。

「米で事業が周る仕組みができたら、次に自分がやりたいことに1個ずつ手をつけていくっていうのを、自分の中で”死ぬまでにここまで行きたい”みたいな感じで考えてる」

次にやりたいのは、野菜部門の立ち上げ。そして10年以上言い続けているのに、まだ1羽も飼えていない鶏。

「野菜と米と鶏と。昔の”農的な暮らし”が、こう生活の循環の中にあったものを、現代版風に構築できたらいいんじゃないかなと思ってまして」

そして、最後の目標は──。

「自分で牛を飼って、乳絞って、ソフトクリームを作るっていうのが、一応最後の目標かなとは思っていて」

25ヘクタールの田んぼから、いつか小さな乳牛へ。そこから絞った乳で作るソフトクリーム。

それが、福島光志さんが死ぬまでに辿り着きたい景色だ。


米のまわりに、暮らしがある

農業福島園

米だけではない。福島さんの農園には、いろんなものがある。

米粉、米麹、米酢、ポン菓子、古代米(赤米・黒米・緑米)。そしてちょっと変わったものだと──蜂蜜。

「うちの今、それこそ養蜂家さんに蜂の巣箱を持ってきてもらって、田んぼに咲く蓮華の蜜を集めてもらっています。その蜜を養蜂家さんから仕入れさせてもらって、売っています」

レンゲ畑に養蜂家を呼ぶ。採れた蜂蜜を、福島園の商品として販売する。昔の農家は、蜂もまた生活の中にいた。福島さんが作りたいのは、そういう”循環”を感じられる商品群だ。

余力があれば、自社で製造したい。裏作で作る麦も、商品にしたい。

田んぼの外側にある、農家としての暮らしを一つずつ商品の形に落としていく。それが福島園のもう一つの顔だ。


全ては循環の中に

福島さんの農園には、一つの言葉が流れている。

「全ては循環の中に」

大分の農家・赤峰勝人さんからいただいた言葉だという。福島さんはこれを、農園の基本的な考え方にしている。

人も自然も全て、循環の中にいる。田んぼに入れたものは稲になって返ってくる。食べたもので体はできている。人に与えたものは自分に返ってくるし、環境に与えたものは地球規模で返ってくる。

福島さんがこの言葉を好きな理由は、そこに良いとか悪いとかの感情が入っていないところだ。

米糠ぼかしを田んぼに戻していた頃も、無肥料に切り替えた今も、否定でも肯定でもない。ただ、循環の中にいるだけだ。

忘れないでいて欲しいこと

最後に、福島さんに消費者へのメッセージを聞いた。

少し前に、地元の小学校・中学校の給食に米を納品した。その時、子供たちへのコメントを求められて答えたのが、こんな言葉だった。

「やっぱり宗像を離れる人って多いと思うんですよ。どうしても福岡市内とかに就職に行くっていうのはよく聞く話で。それでも、学校の通学路に田んぼのある環境っていう、宗像の環境を忘れないで欲しい」

都会は、田舎が支えている。縁の下の力持ちは、いつも田舎にある。

「その生産基盤がどこにあるのか、支えてる現状を忘れないでいて欲しいっていうことは、ちょっと喋ったりしたんですよね」

米騒動があって、消費者が米を見る目が変わってきているのを、福島さんは現場で感じている。

「ま、あとは農業楽しいですよっていうことは伝えたいんですね」

自然栽培18年、25ヘクタール、10品種、450人の固定客。それだけの数字を持つ男が、最後に伝えたかったのは、派手な話ではなかった。

田んぼのある環境を、忘れないで欲しい。農業は楽しいよ。

昼寝するじいさんを見て就農を決めた少年は、18年経った今も、あの夏休みの延長線の上を歩いている。


■ 農家プロフィール

🏡 株式会社農業福島園
👤 福島光志 ── 2008年、大学卒業と同時に祖父母の農園を継承して就農。2年目から無農薬、5年目頃から無肥料の自然栽培に転換、以降一貫
📍 福岡県宗像市光岡408-1
🌾 ヒノヒカリ・元気つくし・夢つくし・ササニシキ・正信(福岡1号)・古代米(赤黒緑)・山田錦 など10品種程度
🏞️ 作付面積25ヘクタール(2026年)。正社員5名+パート4名
✨ 就農1年目から全量直販。「年間購入」という独自の仕組みで約450人の固定客を抱える
🐝 米粉・米麹・米酢・ポン菓子・古代米・蜂蜜・日本酒用山田錦など、米にまつわる商品多数
🔗 https://100sho.net/


合わせて読みたい関連記事

  • 米農家の確定申告。経費にできるもの一覧
  • 米農家のBASE活用ガイド。ネットショップの作り方

「ごちそうさま」は農家さんの励みになります
ポチッと押して応援してください🍚

あなたの農園の物語も
全国に届けませんか?

インタビュー・記事掲載は完全無料です

無料で申し込む

🌾 よかったらシェアしてください

Instagramに載せるときは
@komebou_rice をタグ付けしてくれると
泣いて喜びます!

お返しに、こちらのアカウントでも
全力でシェアさせていただきます📣

@komebou_rice をフォロー →
インタビュー
18年目 25ヘクタール pickup 古代米 大規模農家 宗像市 山田錦 年間購入 正信 無肥料 無農薬 福岡1号 福岡県 自然栽培
「応援したい!」と思ったらシェアしてね!
  • 宮崎から新潟へ。音楽を手放した男が、しみず農園の7代目として田んぼを守ることを選んだ
  • 椎茸の廃菌床が、田んぼを変えた。うちやま農園・内山幸一、魚沼コシヒカリ発祥の地で回す循環

この記事を書いた人

コメボウJOURNAL編集部のアバター コメボウJOURNAL編集部

全国のお米農家を一人ひとり取材し、
その想いを届けるWebメディア「コメボウ JOURNAL」の編集部です。
農家さんの物語を、あなたの食卓へ届けます。

次に読みたい

  • 自社所有の田んぼ無しで65ha作付け!新潟・ファームみなみの郷、11件の集落から始まった物語
  • ひらくの里ファーム アイキャッチ
    2haから40ヘクタールへ。ひらくの里ファーム・青木拓也、地域の未来を切り開く南魚沼の若き経営者
  • やよい農園 アイキャッチ
    種を買いすぎた妻が、農園を始めた。やよい農園・滝沢篤史、震災から始まった弱アルカリ性の米づくり
  • 自然栽培園北村・北村広紀。農薬も肥料も捨てた男が、30年かけて辿り着いた「神の力」
  • 「バカにされた直売」が、百貨店の棚に並ぶまで。佐藤ファーム、親子二代の米づくり」
  • “日々の積み重ね”が、米を育てる。新潟・弥彦 石井農園 石井知治、10代目の米作り
  • 保護中: 妻の「二択」から始まった田舎の農業。兵庫・丹波 鴨庄村のりょう農園 髙野りょう、自然栽培5町で選んだ家族の道
  • しみず農園 アイキャッチ
    宮崎から新潟へ。音楽を手放した男が、しみず農園の7代目として田んぼを守ることを選んだ
  • 利用規約
  • プライバシーポリシー
  • 特定商取引法に基づく表記

© コメボウ JOURNAL.

🌾 AIに聞く うちの農園、何できる?