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自然栽培園北村・北村広紀。農薬も肥料も捨てた男が、30年かけて辿り着いた「神の力」

2026 4/09
インタビュー
自然栽培 無農薬 無肥料 コシヒカリ 佐賀県 自家採種 贈答品 高級米

佐賀県佐賀市川副町 自然栽培園北村


肥料を入れない。農薬も撒かない。除草剤も使わない。

やることは、収穫後の切り株をそのまま田んぼに残すこと。それだけ。

佐賀県佐賀市川副町で、北村広紀さんはそんな農業を30年以上続けている。栽培面積は1.8ヘクタール。品種はコシヒカリのみ。収量は通常の農家の3分の1しかない。

それでも北村さんは、この農法を一度もやめなかった。


「人間は終わりやな」——農薬地獄からの脱出

北村さんが農業を始めたのは1983年。ビニールハウスでのナス栽培だった。6軒の農家が共同で建てたハウス団地。効率的に、たくさん収穫する。当時はそれが正解だと信じていた。

だが現実は違った。

収量を上げるために大量の肥料を投入する。すると虫が大量に発生する。虫を殺すために大量の農薬を撒く。翌年はもっと肥料が要る。もっと虫が来る。もっと農薬を撒く。終わらない悪循環。

「人間は終わりやなと思いましたね」

北村さんはそう振り返る。このままでは自分の体も、土も、壊れていく。そんな確信があった。

転機は、ある方から無肥料・無農薬栽培の存在を教わったことだった。1986年、まず10アールの小さな区画から自然農法を試してみた。翌年には50アール、3年後には160アール——持っているすべての水田を自然栽培に切り替えた。

周囲の農家は驚いた。というより、呆れた。肥料も農薬もなしで米が育つわけがない。そう思われていた。


虫が来ない田んぼの秘密

自然栽培を30年以上続けてきた北村さんには、ひとつの確信がある。

肥料を入れなければ、虫は来ない。

「肥料のガスに虫が寄ってくるんです。だから肥料を入れなければ、虫がつかない」

化学肥料だけの話ではない。有機肥料も同じだという。どんな肥料であれ、土に入れれば分解の過程でガスが発生し、それが害虫を呼び寄せる。だから北村さんは、何も入れない。

その効果を証明する出来事があった。ある年、近隣の田んぼが「害虫のウンカ」で全滅した。稲の穂に実が入らず、地域一帯が壊滅的な被害を受けたのだ。

「隣が全滅したところでうちの田んぼには入ってこない」

北村さんの田んぼだけは無事だった。何も入れていないから、何も寄ってこない。30年かけて育てた土が、稲を守っていた。


技術だけじゃない。心が米を変えた

コシヒカリ一筋。しかも30年以上、自家採種を繰り返してきた。市販の種籾を買わず、自分の田んぼで穫れた種を翌年また蒔く。その繰り返しの中で、北村さんのコシヒカリは独自の進化を遂げ、通常よりも大きな粒をつけるようになった。

だが、大粒米の誕生には技術だけでは説明できないエピソードがある。

消費者から「作り手の言動で味が変わる」と言われたことがあった。最初は半信半疑だったという。しかし北村さんは、自分の悪いところ——口の悪さを自覚し、それを直す努力を始めた。

すると、突然大粒の米ができた。

偶然かもしれない。科学的に証明できるものでもない。でも北村さんは、この経験を通じて確信したことがある。技術だけでなく、作り手の心が作物に影響する。だからこそ「神の力」というブランド名を冠した。


30対1で押し込まれても、折れなかった

自然栽培への転換は、技術的な挑戦だけでは済まなかった。

最大の壁は、地域の共同ポンプだった。水田に水を引くためのポンプを地域で共有しているのだが、自然栽培に切り替えた北村さんは、周囲と折り合いがつかなくなっていく。さらに減反政策への協力要請も拒否した。

30対1。地域の農家が束になって北村さんに圧力をかけた。

北村さんの選択は、自分でポンプを4~5台購入して独自に水を確保すること。金銭的な負担は大きかったが、誰にも左右されない農業を続けるためだった。

「何くそ、と思いましたね」

その一言に、30年分の重みがある。


喉を通らなかった人が、この米だけは食べられた

苦しいことばかりではない。

北村さんが農業を続ける理由のひとつに、消費者からの声がある。

病気で何も食べられなくなった人がいた。体重は35キロまで落ちていた。何を口にしても受け付けない。医師も家族も、ただ見守ることしかできなかった。

その人が、北村さんの自然米で作ったお粥だけは食べることができた。

体が本当に必要としているものを、本能が選び取る。そういう米を作っている。この事実が、北村さんの背中を押し続けている。


1kg108万円の米が目指す世界

北村さんの代表商品「神の力スペシャル」は、1kgあたり108万円。「特注の木箱」に龍を施し、和紙と水引で包む。
もはやお米ではない。芸術品だ。

一見すると、常識外れの価格に思えるかもしれない。だが北村さんの中では、明確な戦略がある。

「松坂牛と思って買ってくれ」

富裕層をターゲットに据え、自然栽培米の価値を最大限に引き上げる。最初は高級品として世に出し、やがて多くの人が手に取れるものにしていく。北村さんは携帯電話の歴史を例に出した。最初は一部の人しか持てなかった。でも今は誰もが使っている。

「もう一桁上のやつも作りたいとずっと思ってる」

1.8ヘクタールの農家が1億円を稼ぐモデルを作る。それが北村さんのビジョンだ。小さな農家でも、本物の価値を提供すれば戦える。規模ではなく、質で勝負する道があることを証明したい。

2030年までに、自然農法を世界に広げる。その先頭に立つ覚悟を、北村さんは「ファーストペンギン」という言葉で表現した。最初に海に飛び込むペンギンのように、誰よりも先にリスクを取る。


毎日食べるものを、もっと吟味してほしい

北村さんに、消費者へのメッセージを尋ねた。

答えはシンプルだった。

肥料や農薬の危険性を、もっと知ってほしい。毎日食べるお米と野菜を、もっと吟味してほしい。自分の体は、自分で守るしかない。

「やる気さえあれば何でもできるさ」

30年以上、肥料も農薬も使わずに米を作り続けてきた男の言葉だ。周囲に反対されても、30対1で押し込まれても、収量が3分の1になっても、やめなかった。

北村広紀という農家は、自然栽培の可能性を自らの人生で証明し続けている。


YouTube で見る

@hirokikitamura

佐賀の自然栽培米「神の力」
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■ 農家プロフィール

🏡 自然栽培園北村
👤 北村広紀
📍 佐賀県佐賀市川副町
🌾 コシヒカリ(30年以上自家採種)
✨ 完全無肥料・無農薬の自然栽培を30年以上継続。自家採種で大粒化に成功した独自のコシヒカリ「神の力」を育てる。1983年農業スタート、夫婦で1.8ヘクタール。1kg 108万円の最高ランクにも挑戦する唯一無二の農家。
🔗 https://kaminokome.com/

取材・文:コメボウ JOURNAL編集部
2026年4月

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全国のお米農家を一人ひとり取材し、
その想いを届けるWebメディア「コメボウ JOURNAL」の編集部です。
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