北海道浦河郡浦河町 中山農園
北海道浦河町。
名前を聞いて「米どころ」と思い浮かべる人は、おそらくほとんどいない。この町の主役は軽種馬——競走馬の産地として全国に知られる場所だ。最近では夏イチゴの出荷量が全国1位になり、注目を集めている。
そんな町で、8ヘクタールの水田をほぼ1人で耕す農家がいる。
合同会社中山農園、代表の中山晃寿さん。農業大学を卒業後、20歳で就農し、今年で14年目を迎える。町内で最大面積の米農家だ。
4代続いた農地を、自分の名前で

中山さんの家は、曾祖父の代から農業を営んできた。ただし「中山農園」という名前には歴史がない。5〜6年前、中山さん自身がつけた名前だ。
代々受け継がれてきた土地に、自分の看板を掲げる。それは覚悟の表明でもあった。
農業大学で2年間学び、卒業と同時に就農。父母は花の生産を担い、米は中山さんがほぼ1人で回している。パートスタッフは1人。8ヘクタールの作業を、基本的に自分の手で完結させる日々が続く。
品種はななつぼしとおぼろづき。来年からはこの2品種に絞り込む予定だという。加えて、2つの品種を掛け合わせたオリジナルブレンド「悪魔ブレンド」も手がける。おぼろづきの粘りと、ななつぼしのあっさりした食感。その両方を活かしたブレンドは、地元の飲食店でも使われている。
鶏糞を3倍撒く理由

中山農園の米は、特別栽培米だ。化学肥料と化学農薬を、一般的な基準の5割以下に抑えて栽培している。この取り組みを始めて、12年になる。
化学肥料の代わりに使うのは、鶏糞の発酵粉。通常の2〜3倍の量を田んぼに散布する。手間は何倍にもなる。それでも続けてきたのには、理由がある。
「特別栽培に切り替えてから、お客様に美味しくなったって言っていただけるようになりました」
味の変化は、顧客からの反応ではっきりと感じ取れたという。
もう一つ、中山さんが意識しているのは環境への配慮だ。田んぼに流れる水は、やがて川を下り、海へたどり着く。農薬や化学肥料を減らすことは、自分の米の品質だけでなく、この土地の自然そのものを守ることにつながる。12年間、その信念はぶれていない。
60トンのプレッシャー

数年前、米価が大きく下落した。10キロあたり3,000円。農協に卸すだけでは、経営を維持できない水準だった。
周囲に米農家が少ない浦河という土地で、自力をつけなければ生き残れない。中山さんは直販への転換を決断する。
現在、生産量の8割を自分で販売している。自社ホームページ、食べチョク、ポケマルといったネット販売。ふるさと納税は新米の時期になると月200件を発送する大きな柱だ。さらに飲食店への卸しは15〜20店舗。地元のホテルや居酒屋、中華料理店から、幼稚園、ニセコや札幌の飲食店にまで広がっている。
しかし、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。
「60トンの玄米を全部販売できるかっていうプレッシャーは大きかったです」
年間の収穫量、約60トン。それをすべて自力で売り切る。直販に舵を切った以上、売れ残りは許されない。営業経験のなかった中山さんにとって、飲食店への売り込みは特に苦しかったという。反響がない時期が長く続いた。
同級生がつないだ、飲食店の輪

転機は、意外なところからやってきた。
浦河で育った友人や同級生が、地元で飲食店やブランド牛の経営を始めていた。彼らが中山さんの米を使い、口コミで広げてくれたのだ。紹介が紹介を呼び、飲食店の取引先は一気に増えていく。
SNSでの発信、農業雑誌「ニューカントリー」への掲載、YouTuberからの取材。認知度は少しずつ、しかし確実に上がっていった。ふるさと納税をきっかけに中山農園を知り、その後ネット販売でリピーターになる消費者も現れ始めている。
「子どもの食べる量が増えた」

中山さんに、一番嬉しかったことを聞いた。
飲食店がお米を中山農園に切り替えたあと、常連客から「味が良くなったね」「どこのお米に変えたの?」と声が上がったこと。それは、自分の米の実力を第三者が証明してくれた瞬間だった。
そしてもう一つ。
「子どもの食べる量が増えたって言っていただけるのが、すごいありがたい」
幼稚園や一般家庭から届く声。お米が好きじゃなかった子どもが、食べるようになった。おかわりするようになった。その報告が、何よりも中山さんの原動力になっている。
浦河の名前を、お米で届ける

中山さんの目は、自分の農園だけに向いているわけではない。
高齢化が進み、離農する農家が増えている。その農地を引き受け、面積を集約しながら地域の農業を守りたいという思いがある。ただし、大量生産に走るつもりはない。あくまで特別栽培を貫き、「浦河産」という付加価値をお米に乗せていく。
「お米を通じて浦河町の名前を知っていただくことにも繋がると思う」
競走馬の町として知られる浦河に、もう一つの顔を作る。中山さんにとって米作りは、生業であると同時に、地元への貢献そのものだ。
この一粒に、農家のリスクが詰まっている

最後に、消費者へのメッセージを尋ねた。
米作りは、外から見れば単純に見えるかもしれない。しかし実際には天候との戦いであり、毎年が賭けでもある。燃料代、肥料代、運送費、パッケージ代——あらゆるコストが高騰する中で、農家は大きなリスクを背負いながら生産を続けている。
特別栽培の意味を知ってほしい。顔を出して、名前を出して販売している農家が、どんな考えでお米を作っているのかを理解した上で食べてほしい。中山さんの言葉には、静かだが確かな熱があった。
競走馬の町で、たった1人で8ヘクタールの田んぼに向き合う。化学肥料を減らし、鶏糞を3倍撒き、60トンの米を自分の手で売り切る。
その覚悟が、北海道浦河のお米を全国に届けている。
■ 農家プロフィール
🏡 合同会社中山農園
👤 中山晃寿
📍 北海道浦河郡浦河町
🌾 ななつぼし・おぼろづき・悪魔ブレンド(オリジナル)
✨ 4代続く農家。特別栽培米を12年継続し、化学肥料・農薬を北海道慣行の5割以下に抑制。8ヘクタールをほぼ1人で管理し、食べチョク・ポケマル・ふるさと納税、飲食店15〜20店舗との取引で直販8割を実現。
🔗 https://www.nakayamanouen.net/
取材・文:コメボウ JOURNAL編集部
2026年4月
